汚れ

当たり前の話だが、書は墨で書いた作品だ。
墨でないもので書く前衛書道や、篆刻といったジャンルもあるが、いったんは墨で書くのが書であるとする。
この、作品を作るための墨が、手や服に付くと、それは汚れだという。
化学組成は同じものであるのに、紙の上で文字のFigureを纏った時には、作品なのだが、皮膚の上に付いたものは汚れなのだ。
しかし、作品が作品であることは、何が規定しているのか。
私が作品だと思っているものは、みんなは作品だと思っていないのかもしれない。
私はそれを単なる汚れだと言うかもしれないが、みんなはそれを作品だと言うかもしれない。
だが、全てはただ汚れなのかもしれない。
墨を磨る事は水を汚しているのであり、その汚れた水で白紙を汚している。
何枚も何枚も、白紙を汚れた紙に変え、その中でも絶妙な汚れを、取っておいている。
だが、よくよく考えてみれば、それは汚れなのだ。
だが、汚れが汚れであることは、何が規定しているのか。
つまり、全ては汚れであり、汚れないものは無いのだ。
世界の全ては汚され続けている。
何度も執拗に、決して消されること無く。

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