寓話のような

酒場にて

「年ぃ、取ったな」
「何を急に」
「いや、気がつけば、半世紀も生きてる」
「まぁ、そうだな」
「そうして俺らは、何者でもないまま死んでゆく」
「まぁ、そうなるだろうな」
「どこから来て、どこに行くのかも分からず、俺らは何者でもないまま死んでゆく」
「それがなんだよ」
「いま何者でもないということは、かつて何者かだった自分は、どこかに落としてきてしまっている
地獄の門をくぐる前に、それを思い出し、慌てて何者かだった自分を探しに行く
成仏できないまま、地上を彷徨って、かつて何者かだった自分を探す
かつて住んでいたところ、通っていた学校、働いた会社、海も、山も、かつての友達の家にも探しに行く
探して探して探し回っても見つからないから、途方に暮れてぼんやりしていると、女神が池の中から現れる
『あなたが落としたのは、この金の自分ですか?』
『いいえ違います』
『あなたが落としたのは、この銀の自分ですか?』
『いいえ違います』
『では、あなたが落としたのは、この普通の自分ですね?』
『いいえ、私はかつて何者かだった自分を探しているのです』
『くそくらえ!』
女神様は消え、金と銀と何者でもない自分が残される」
「なんだそりゃ」
「なんだと思う?」
「知らねぇよ」
UnsplashAndré Yáñezが撮影した写真   
 

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