深い霧の中を車に乗って運転している。
ヘッドライトの光の中に何かが見えるわけでもなく、ただ進んでいるらしいことは分かっている。
気がついたらハンドル握っていたような気がするし、いつ車に乗り込んだのかも覚えていない。
霧の中で今が朝なのか昼なのか夕暮れなのかも分からないけれど、未だ闇に包まれてはいない。
滑るように前に進んでいるが、実はそんな気がするだけで、実際は停まっていて前に進んでいるような音や振動がしているのかもしれないので、突然急ハンドルでも切ってみれば、からくりがバレて何もかも明らかになる、なんて想像をしてみたところで、急ハンドルを切る気はしないし、そんな想像もありふれた陳腐な話だ。
道は、時に曲がったり上がったり下がったり少しずつ変化をしているが、それがどこに向かっているのか分からない。
道に合わせて少しハンドルを切ってみたり、アクセルを踏み込んでみたり、軽くブレーキを踏んでみたり、そうやって前に進んでいく。
概ね平坦なのだけれど、時には路面が荒れていて軽いショックがあったりもする。
ハンドルを取られないように、しっかり握り直したりする。
車についているラジオは壊れているのか、はっきり聞こえない。
ノイズの向こうの遠くの方で誰かが話している。
何かを呼び掛けているような気もするし、くだらない話を続けているような気もする。
ちょっと注意を向けてみてもはっきり聞こえないし、運転よりも注意を払うこともできない。
たまに心地よい音楽が聞こえたりもする。
ラジオを切ると、タイヤのロードノイズとエンジンの軽い振動と、車のボディのどこかの風切り音のようなものが聞こえている。
時々、視界に別の車が現れたりする。
前に現われてちょっと付いていってみたり、バックミラーに微かにヘッドライトの光が見えて近づいてくるように見えたり、時には隣の車線を走っていたりする。
だが、霧が深いのでお互いにコミュニケーションをする方法が無い。
クラクションを鳴らしたり、ヘッドライトでパッシングしたりしても、それが伝わっているのか良く分からない。
ふと気づくと、視界からその車は消えている。
離れていったような気もするし、自分が離れたのかもしれないが、どちらにしても同じことだ。
やがてどこかに着いたら、この車を降りて、どこに向かうのだろうか。
長い事運転したこの車に愛着が無いわけでは無いが、たぶん車を降りなければいけない時が来ることが何となく分かっている。
しかし、どこに着くのか、そこからどこに向かうのかは分かっていない。
着いたら終わりなのかもしれないし、終わらないのかもしれない。
(了)
UnsplashのJepretualangが撮影した写真
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